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2021.12.17ブログ

雅楽の演奏には人となりが出る??

「雅楽って面白い!楽しい!を伝える」

 

こんにちは。雅楽演奏家・講師の山口創一郎です。

 

今日はちょっと深いお話をしていきます。

 

雅楽の楽器を演奏することって非常に奥深く,

 

その人と形(なり)が出てくる。


 

そういうお話をしていこうと思います。

 

芸術や音楽を追求していくときって本当に面白いなーと

思うことがあるのですが,

 

雅楽を演奏していく中でも,

やっぱりその楽器をやっていくのは

 

「人」です。

 

これが非常に面白いことで、

 

その楽器を鳴らしていくということは、

それぞれ10人10色の音が鳴る

 

これは当たり前のようで本当にすごく驚かされることです。

 

前回の記事では楽器によっての性格パーソナリティが

わかるというお話をしましたが、

 

本日はその続編とも言えるものなのかもしれません。

 

同じ楽器だったとしても、その音色というのはある種

 

初心者だろうが上級者だろうが、本質は変わりません。

 

その人の性格や思考・そういったものが音色に全て影響されていく。

 

そしてそれが楽器にもその人と形が浸透していく。

 

楽器をやっていくということはそういうことが不思議とおこって来る事も

 

あるわけです。

 

僕は雅楽の演奏家としても講師としても、

 

たくさんの方々の音の鳴らし方やお稽古に現在も携わっております

 

その中でも、その人と関わっていく中でも

 

その人の特徴が音に集約されている。

 

そう感じたことが特に今年に入ってから多く気付かされることがありました。

 

情報発信をYouTubeで力強く主張しておこなっている人の笙というのは

 

その人らしい、「主張の強さ」が息替に込められ、

(知っている人はすぐにこれで誰かわかりますね。笑)

 

性格に一癖・二癖あるような方というのは

 

やはり演奏に一癖・二癖が滲み出て来られたりします。

 

逆に普段は物静かにされる人の中でも

 

内面は実は破天荒だったりするのか、

 

それが演奏の音に込められる。

 

普段から前に立つことを恐れている、

 

内側にいたいという欲求の人の音は

どこか隠れていたい。そのような音を出されたりもしますし、

 

自己肯定感が低い人は、やはり楽器の演奏でも

 

自己肯定感が低いことを音に表してしまいます。

 

そして普段から自分を出さない、美化して見せている人は、

 

演奏するときでさえ透かしたような音を出す傾向の人もいる。

 

指摘されるのが嫌だから目立たないように、

間違ってはいないけど主張をしない吹き方をする人もいれば、

 

指摘されて嫌な気分になると、

打楽器を叩くときにその波動が牙を剥く人だっていたりもします。

 

そういった意味で、

 

楽器というのはその人の全てを曝け出してしまう。


 

それほど人間的部分、その人の性格であったり、

 

全てを宿し込むことができるものだともいっても過言ではないでしょう。

 

それだけ、性格と演奏の仕方というのはリンクがしやすく、

 

逆を言えば雅楽を指導者としても、習う方としても課題として見えてくるのは、

 

この演奏に出てくる人となりをいかに自分自身で良い形にしていくのか??

 

そういうことを最近は大きく自分自身も考えさせられることがあります。

 

僕自身も、最近思えば、自分自身の演奏をふりかえると、

 

自分の性格・あらゆる癖がなくなるにつれて演奏が良くなっていく、

 

そういうことを感じることもあります。

 

高校時代、篳篥をちょっと吹けたくらいレベルでかなり

 

調子乗っていた時期がありました。



↑高校時代の演奏会の写真

 

その時の映像の音源を聴くと、一癖、二癖あるような、

 

自分自身の未熟さを痛感するような演奏をしていたことが

 

今になるからこそわかることもあります。

 

これは篳篥に限らず、龍笛も同じで

 

大学時代の龍笛も、自分自身の性格が歪んでいた時期だった時ほど、

 

吹き方に癖がついていたことがわかるわけです。

 

人の話が聞けない一方通行のような性格なら、他の音を聞くこともできなければ、

 

自分らの楽器の意見し共有しないようになれば、

 

相手の気持ちを理解することもできない演奏を続けてしまいます。

 

周りが見えなくなるような演奏をするときは

 

本当に周りが見えていない一直線に物事を突き進めてしまう癖というのも

 

ついてしまいました。

 

後で自分の演奏とその時期を見返すと、

 

そういう人となりが出てくることを痛感することも多かれあったりするんですね。

 

人の意見に対して尖った意見を提示していると、やはり演奏も尖っていき、

 

人がいうことを受け入れられない気持ちが多いほど、

 

自分自身の演奏も尖っていく傾向があったりします。

 

じゃあそのような癖とかをよくしていくには??

 

やはりこれは、

自分自身を変える意識を持たなければならないなと毎度思うばかりです。

 

他人を変えることって本当に難しい!


 

というよりどんだけ頑張っても無理に等しいんですよ。

 

自分を変えることというのははっきりいって

 

自分次第だと思うんですね。

 

自分が変わるからこそ周りの環境や雰囲気も変わるので、

 

それだけ自己研鑽をしていくことこそが、重要になっていくわけです。

 

だからこそ、そういった自分自身を変える意識

 

演奏面でも持つ必要があります。

 

そうしていくと、角ばった演奏が丸みを帯びて柔らかく

 

そして軽やかに、音の伸び方にも影響する。

 

とある演奏家の人のブログを読んで書いてあったのですが、

 

「雅楽を演奏するためには、個性をなくしていくことだ」

 

と表現をされる方もいたりしますが、これは間違いではないかもしれません。

 

「我をなくしていく」という意味では一理があることです。

 

ただ、個性をなくしたらみんな同じ演奏になってしまいます。

 

それなら今後来るAIでもできてしまう演奏にしかならないでしょう。

 

僕の観点からすれば

 

それぞれいいところ悪いところは人間であるからこそ必ず出てくるものです。

 

それぞれが得意にしていること、苦手にしていること、

これは雅楽の吹き方においても同じことが言えるでしょう。

 

だからこそ、そのいいところは伸ばしていき、

そうじゃないところはいいところに変えていく。

 

そのような吹き方を作っていくからこそ、その人の味にもなり、

 

その人らしい人となりが構築されていくと思っています。

 

だからこそ、癖であったり、性格を直していくっていう解釈ではなく、

 

どうすればそれがいい側面に出る吹き方・演奏ができるのか??

 

そういった精神をつけていくことに意義があるのだと思う最近です。

 

僕が携わっている雅楽のお稽古などは、

そういう側面を非常に大事にさせていただいています。



それぞれの課題があり、

その課題に向けていかに良い方向に持っていけるのか??

 

その生徒さんの課題こそ、


自分自身の課題だったりすることもしばしばあります。


 

そうしていくことで、その人の人となりも変革していく

 

生徒さんや教えている方の課題なのかもしれませんが、

 

自分ごとのお稽古の課題と思ってお稽古に向き合っていく。

 

考え方が暗かった人が明るくなったり、

 

尖っていた性格が丸みを帯びていく。

 

そのような雰囲気・場づくりをしてお稽古や演奏に

今後も臨ませていただきたい次第です。

 

本日はここまで!

 
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