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2021.10.04ブログ

「雅楽を仕事に」雅楽演奏家・講師 山口創一郎とは? 自己紹介ブログ

 

「雅楽って面白い!楽しい!を伝える」 

 

はじめまして!

 

これを見てくださっている方は、僕のことを少しでも興味があって、

 

もしくは雅楽に興味があってみてくださっている方が

ほとんどではないかと思います。

 

関西・大阪の南部の方で雅楽演奏家・講師として活動を続けている

 

山口創一郎と申します。



 

本日のブログはそんな、僕がどういう人間なのか??何者なのか??

 

そういったところをありったけ書かせていただきます。

 

僕は普段、日本の伝統音楽である「雅楽」という音楽の演奏活動や講師、

 

そしてYouTubeなどでも「雅楽って面白い!楽しい!」

を伝える活動を展開しています。


 

伝統音楽といえば

 

「なんかお家柄的にやっている人なんですか??」

 

であったり

 

「なんか敷居が高くて堅そう・・・」

 

「若い年代とか女の人とかじゃやれるものじゃないんでしょう??」

 

て思う方も多いことでしょう。

 

そんなことは全然ありません! 

 

僕からすれば、雅楽は「誰でもできる音楽」だと本気でおもっています。

 

むしろ日本人・もしくは世界の方々、どなたでも演奏をしても聞いても

 

楽しめる・面白さがわかる音楽だとも思っています。

 

僕はそれを伝える為に、2020年の4月から雅楽一本で生活、

 

お仕事を現在もさせていただいています。

 

そんな僕が何で雅楽を日本中・世界中の人へ伝えたいのか??

 

今日は自分自身の過去の経験も踏まえてこのブログに

 

書いていきたいと思います。

 

 

    目次

    雅楽との出会いは小学4年生

     僕が雅楽と出会ったのは小学4年生。

     

    僕には兄弟が5人いて、僕はその中の4番目の長男。

     

    男1人の女兄弟の中で育ちました。

     

    そんな5人の子供を持っていた親というのは、

     

    新興宗教「T教」が運営する学校の職員でもあり、

     

    そもそも家自体が「T教」の教会だったりもします。

    (宗教に抵抗がある方はご安心を。勧誘したら罰金払います。笑)

     

    そんな父親が祖父より後継をする中で、母親からのすすめで

     

    「兄弟全員で雅楽を祭典で雅楽の演奏をしよう!」

     

    そんなこんなで、雅楽と出会います。

     

    ちなみにその時に始めたのは篳篥(ひちりき)という楽器でしたが、

     

    最初は名前がかっこいい!

     

    という理由で、選びましたが、

     

    形的には笙がやりたかったのですが、

     

    名前で「これが篳篥だろう!」

     

    そう思って篳篥を選び、

     

    いざ、楽器をはじめて手にとってみると

     

    「え??ナニコレ・・・」

     

    違う楽器が出てきて初っ端から絶望したことを覚えています。笑

     

    こんな小さな楽器とは思っていなかったので、言葉が出ませんでした・・・

     

    とはいえ、決まったことだったので、やってみることに

     

    その後無事に祭儀が終わった後も

     

    中学3年まで週に1回、奈良県まで片道1時間半かけて習いにいくことに・・・

     

    当時の山口というのは何のとりえもなく、

     

    背は高かったものの、勉強はできないわ、運動もできないわ

     

    同級生からは

     

    「でくの棒」やら、

    「何のとりえもないやつ」

    とののしられたことが多く、

     

    小学生時代はいじめられたこともあった毎日を過ごしていました。

     

    そんな中、一番得意だったのが「音楽」

     

    小中時代は「音楽に携わる仕事がやりたい」と志して、

    小学校のアルバムには、特に夢がなかったので

    あるかないかもわからない「雅楽師」と書いていた模様。笑

     

    このころから雅楽が好きだったのか??

    違います。

    もちろん、習い事は他にもやりましたが、すべて挫折。

    お琴・ピアノなども習いましたが1年足らずでやめて

     

    雅楽は、奈良の帰り道にパンを買ってもらえることを楽しみに、

    何故か中学3年生を終えるまで続けることになります。

    小さいご褒美でつられた単純な少年でした。

     

    いける高校がなくて雅楽で高校入学!?

     
    その後、高校の進学をすることになりますが、

     

    先述した通り、僕は勉強が大の苦手でした。

     

    「勉強しなさい」という親の言葉が本当に嫌で嫌で仕方がなく、

     

    中学2,3年生時代はネットゲームに没頭してひきこもるほど、

    まったく勉強をしない問題児でした。

     

    そんな中、雅楽をしていた姉2人が、T高校で3類というコース

    要は部活特進で「雅楽」で受験し、授業に週5時間雅楽を習うコースが

    当時ありました。

    勉強ができなかったこともそうですが、ネトゲー中毒になっていた僕は

     
    「このままではやばい・・・」

     
    中毒になっていたことを危惧していたため、寮生活を志願してまで

    T高校の3類で受験し、3年間雅楽を習うことを志しました。


    T高校といえば、言わずとも知れた宗教系の学校で、


    僕自身はある種規範に乗っ取った

    道徳的な考え方を持つ人らがいる

    学校と思って入学するものの、
     
    正直入学して絶望したことを今でも覚えています。

    クラスは他も部活特進のため、体育会系ごりごりの

    野蛮な人らばっかり、

    そして寮も軍隊みたいなことをさせられては、

    僕自身は寮でいじられる立ち位置にいたことから

    同級生は寝ている間に塩コショウをかけてくるは、

    うさ晴らしにきもいや死ねなど悪口を言われ、

    やたらとおちょくる奴らも多かったことを覚えています。
    (もちろん、そのころの自分の見た目や行動もおかしかったのでしょう)

    「本当にこれがT教を信仰している学校なのか??」

    僕としては、宗教というのは世界平和などを目指すものであって、

    学年も隔てなく平等に人としてかかわっていく、

    そのようなものを想像していたことから

    上下関係が謎に厳しいところであったり、


    宗教・特にT教に対しての疑問もさらに広がっていき

    正直失望した3年間だったことを覚えています。
    (今ではいい思い出ですが笑)

    そんな中唯一の楽しみが「部活」。

    この時が一番雅楽に没頭をした時でした。

    とはいえ、雅楽という音楽が好きだっただけに、

    大学生が学校の授業に教えにきてくれていましたが


    大学で雅楽をやろう!という気にはあまりなりませんでした。

     
    とはいえ、この高校時代は、「デクの棒」とよばれた「何もできない自分」という


    側面を更に闇を多く深め、この闇を深めた部分が

    大学であらわになっていくことになります。

    大学では3年間雅楽をしていない!?

     
    そして大学。本当は大阪にある社会学部がある大学に進学したかったものの、

     
    親から家の後継者という理由で蹴られ、T大学へ進学。

    (親はそのことを覚えていないらしい。)

     しかも宗教学科・・・
    就職にしても何にしても、

    何も使えねー笑

    大学でも雅楽をやるかと思いきや、

    実は大学の雅楽部は、5月に入ることは入っていたんですが

    楽器を篳篥から龍笛に転換

    理由は篳篥にはリードというものがあるんですが、

    大学に入ったら制作を自分でしないといけなく、

    山口は図画工作においては絶望的に成績が悪く、手先が不器用で

    とてもではないですが作ることはできない。

    龍笛なら出せば吹けるし、見栄えもカッコいい!

    そんな理由で転換するものの、

    1回生夏に退部。


    部活の上下関係などに違和感を覚えれば、

    部のあり方にしても、雅楽をやっていく中で

    今後を見出すことができなくなりました。


    というより、先輩方の練習する姿にしても、

    部室の汚さはもちろんのこと、喫煙される人が多く、

    上級生が先輩やOBに媚びている姿を見て

    自分がそこでやっていくことが想像できませんでした。


    この後人生に絶望する期間でした。

    自殺を考えたこともあり、
    心理学の授業で
    自殺について研究したほどです。笑

    僕の取り柄は、雅楽しかありませんでした。

    高校の部活の同級生などにも、雅楽部をやめたとかいうと

    「あなたの取り柄、それしかないのにやめたらなんもなくなるやん」

    そういわれたことを覚えています。

     

    そんな中、この雅楽に関わらなかった3年間で、僕の人生が変わり、

    今後雅楽を続けることになるきっかけがきました。

    それは大阪での学生の集まり(サークル)に携わった時でした。

    高校3年生の時から関わり、部活動をやっていた時も部活を休んでそっちの方に

     
    参加していたほど、ここの思想や考え方に共感していきました。

    当時部活をやめてひねくれていた僕を、
    先輩や同級生たちは励ましたり、

    前向きにさせてくれたりしました。

    「お前やからこそできることがあるんや!」

    「人生できるできないで決めるんと違う!やるかやらんかや!」

     

    当時の僕は自己肯定感が著しく低く、

    自信とかそういうものが極めてなかったのですが、

    先輩や同級生はそんな中でも信頼してくれて

    大学3回生の時には、その人たちの後押しによって

    会の中心メンバーとして携わらせていただくきっかけをもらえました。

    この時はバイトに入る日が少なくなったり、
    学校に休んだりもしすぎた時期でした。

    (なにをしに大学いってるんやら・・・)

    その中でも、

    「人の為にと思う心を」

    僕が本当に欲しいなと思っていた心遣いを実践している方々がたくさんいて、

    もちろんうわべだけ人とか、口だけの人とかも中にはいたりもしましたが、

     雅楽をやってるだけでは出会えなかった人たちとのかかわりというのも多くできました。 

    この学生会というサークルに出会えたからこそ 

    「行事に来てくれた人には喜ばさずにはかえされん」

    「来てくれる会員さんの為に、全力を尽くして行事をつくっていく」

    「全員の居場所となる学生のあつまりにしていこう!」

    僕自身も、中心メンバーになったときは、やみながらも、周りに怒られながらも

    行事の勧誘にたくさんの人に断られようと、

    「この会をたくさんの人の居場所にしていくんだ!」

    そういった志をもって毎日を過ごしていたことを今でも覚えています。
     
    でも学生時代にそれだけ人に対してエネルギーを使えたからこそ、

    今があるんだと思います。

    これが雅楽だけを大学でやっていたら、今の山口というのは存在しないと思います。

    (部活出身の人には未だにもったいないやらやり直せやらいわれますが・・・)

    雅楽以外にも、自分には取り柄があった。

    学生会を通してそこを見つけることができた3年間でした。

    (とはいえ、今はもうその方々達と関わる機会はないんですが・・・)

    その後、大学4回生になるときにこの学生会は引退をする

    しきたりになっており、

    大学で勉強をする気が全くなかった僕は

    卒業する最低限の単位だけ取得し、

     
    残りの時間をどうしようか考える中で

     
    ふと、雅楽をもう一回やり直したい!

    そう思ったことから、

     「4回生から雅楽部を復部する」

     というミラクルを起こすのでした。

    当時の現役の後輩・先輩、OBの方々はさぞかし扱いに困ったと思います。
     

    というのも、大学雅楽部では4年間雅楽をやるから一人前になる。

     そのような風習が数十年、続いていたからです。

     それ以外、例えば高校だけで雅楽をやっていたレベルで雅楽をやっていた

     なんて言えない、そんな世界で、

     毎年、大学に入部した高校雅楽部出身の子らは洗礼を受ける形になりがちです。

    (僕も龍笛転換だったとはいえ、とある先輩からボロカスに言われました。笑)

     そんなところで複部するわけですから、こんな声もでてきます。

     「下積みをしないいいところから戻りやがって・・・」

     「雅楽部OBは4年間やってこそのOBだ!お前はOBではない」

     「お前は1年生から大学やり直した方がいい」

     
    こういう言葉を未だに言って来られる方ももちろんいます。笑

     
    ただ、この時から僕自身は一つ自分自身の中での志をもっていました。

     
    それは、

     
    「大学4年間やった人しか雅楽ができないなんておかしい!」

     
    そう思ったからこそ、違うモデルを自分自身が作っていこう。

    卒業しても雅楽を続けられる環境を構築しつつ、

     
    「途中入部だろうがなんだろうが、

    最終的には雅楽を仕事にするところまでもっていってやる!」

     
    確かこの時には、漠然とそのようなことを考えていたことを覚えています。

    もちろん練習は出て、夜遅くまで練習をすることもやりましたし、

    泊まり込みで部室に住む勢いで練習しました。

    ただこの大学4回生の1年間は、演奏会で龍笛はほとんど吹かず、

    鞨鼓という楽器や謡物のソロを延々演奏会や依頼演奏では歌うは叩いたりしていました。

     やっているときは嫌々やっていましたし、龍笛が吹きたくて仕方がありませんでした。

    そんな中先輩や同級生から叩き方に指摘されたり怒られたりするときは


    「好きでやっとんちゃうねん!」

    と何回も言いたかったほどです。笑

     
    とはいえ、この1年で鞨鼓と歌ばかりやっていたおかげで、

    後々に生かされたことも多くありました。

     

    何し両方とも雅楽においてはコンマス、指揮者的役割。

    すべての楽器を聞いて叩いて曲の流れを作る楽器だからこそ、

    ほかの楽器やパートを知ることができた1年間になりました。

    歌も発声方法や曲の歌い方を覚えたことで、後々の活動に現在も生かされています。

    もちろん合奏以外いても意味がなかったので、 

    最後の方は管別の練習の時はバイトなどと理由作って休み、

    家で龍笛を練習するようにしました。

    大学卒業後の違和感

     
    そして大学を無事卒業。

    部活も晴れて??OBとなりました。

    卒業後は部活に入る前は就職しようかと思っていましたが、

    せっかく雅楽に戻ってきたんだから雅楽を続けたい。


    そのような思いから、借りていた奨学金を返還する為に大学付近の法人に勤務し、

    空いている時間に練習をしよう!という考えで勤務。

    この法人勤務というのは、はい!T教なんですねー。笑

    T教勤務は、配属先によって勤務時間や

    休みが変わるという状態だったのですが、

    あいにく僕が務めたのは不動産関連の事務職だった為、

    定時で帰れれば、

    日曜祝日がお休みだったので雅楽の演奏なども出やすくなりました。

     とはいえ、大学時代は学校側からのツテで演奏にいけたわけで・・・

    卒業後は演奏機会はもちろん激減。


    練習時間だけが多く取れるようにといったところでした。

    このT教勤務時代感じたのは、この宗教というものに対しての違和感がほとんどでした。

     
    簡単に言えば、教えとやっていることへの矛盾が多く、

    例えば、「人類はみな兄弟」という教えがあったりするわけですが、

    その宗教団体には、教会という制度や教団の系統図のようなものを見ても、

     
    どう考えても「みな兄弟」という図形にはならず、
    ヒエラルキー(階級制度)的なものが

    あったりするします。 

    何し僕が今でもぬぐえない違和感は、

    教団のトップの後継者が同級生(高校も同じだった)がいますが、

    その人に対して「様」「さん」をつけることが通例化してしまっていることであったり、

    そもそも、4年間勤務をしていく中で思ったことは

    世界平和的なものを目指している割には、

    そこで働いている人たちは全然幸せそうではなく、

    目が死んでいるように見えることでした。

    目が生きているのは飲み会や休みの日とかの時だけで、

    普段は生きた心地がしない顔をしていることが気になりました。

    そんな先輩方を見ていく中でも、同級生や後輩、

    そして自分自身も気づかぬうちに「不平不満・愚痴」などを発していました。

    途中からは雅楽も含め、教団を中から雅楽も教団も変えよう!

    と思ったこともありましたが、

    自分自身の最終的な姿が上の先輩方だと想像したときに 

    「これは無理だわ・・・」

    ということを様々なことをやる中でわかっていき、

    そののち何をやるかは何も決まっていない中でしたが、

    「なにがなんでも退職して雅楽を仕事にできるようにしよう!」


    そう悟り、4年で勤務をやめることを決意します。

    「雅楽を仕事に」と決意したアラサー

     

    この後は実家大阪へ帰り、新たな生活をすることになります。

     

    大阪へ帰った後は知り合いのツテでビジネスホテルで夜勤をしながら

     

    雅楽の活動もしていくことになりますが、

     

    どこも所属してなくて見事に雅楽難民になります。笑

     

    1年間はビジネスホテルで夜勤しながら、

    休みの日は街に彷徨ったり・・・

    知り合いと飲みに行ったり・・・

    決まった彼女ではない女子友達とご飯食べに行ったり

    とはいえ、どれも満たされることはありませんでした。
    (というより、上記は法人勤務時代もよくやってました)

    職場も毒の塊で、常に誰かが誰かの悪口を言っている。そんな環境でした。

    帰って疑問だったのは、こうやって雅楽をできる人材はどこかしらにいるのに、

    どうしてやる場所がなくなってしまうのだろう??

    大きな疑問を持つようになりました。

    とはいえ、他の団体に入るとなると、

    うまいかどうかわからないような偉そうなおじさま方の指導を受けなければならない。

    それはそれでいろいろとめんどうだと思い、個人でやることを選択しました。

    そんな時に、まず雅楽ができる環境を作ろう!と思い、

    自分で法人勤務時代の知っている人たちを集め、雅楽会を設立し、

    練習を始めました。

    そして雅楽で仕事をされているという方とSNSで連絡を取り、 

    練習会へ誘っていただくきっかけをいただき、

    それで自分自身に希望が見えてくる形となります。

    その方は笙・篳篥・龍笛すべてを演奏ができるマルチプレイヤーであり、

    舞も絃楽器・打楽器もできる方でした。

    舞や絃楽器はできなかろうと、

    自分も龍笛以外の楽器はやったことはある!

    これなら仕事にできるのではないか?? 

    そう思いその方の練習会や色んな練習会・合奏会へ顔を出し、

    篳篥や笙も吹けるレベルまで空き時間に

    ひたすら練習をしていきました。

    そうこうしていくうちにとある方が演奏事業会社を起業し

    その手伝いをする中で演奏機会をいただけるようになり、

    ホテルの夜勤しながらではできないくらいまで忙しくなりました。

    当時は週5,6日8時間夜勤に入っている中で朝昼にお稽古や演奏などを行っていたので

    昼夜逆転の睡眠時間が3,4時間しかない日もあり、

    金縛りに年間で50回ほどあうくらい毎日ハードワークをしていました。

    夜勤中に寝まくって、夜食食べてうとうとしたり・・・

    あまりにひどかった為、怒られたことも多々ありました。

    その中で大学の海外公演の韓国・メキシコに同行。

    メキシコを旅立つ前にホテルを辞めて、

    一週間公演活動の手伝いをしました。

    その後某ペンギンで有名なディスカウントストアでレジを打ちをしながら、

    雅楽の演奏に没頭する毎日を過ごします。

    とりあえず雅楽を仕事にしていくんだ!必死にたくさんの

    演奏機会に積極的に参加していきました。

    無料だが有料だろうがお構いなし。

    時間があれば演奏して練習して、

    気が付けば年間で150件も演奏に携わっていました。

    大阪(ほとんどなかった)だけではなく、奈良、兵庫、和歌山、京都をはじめ、

    関西を中心にホテル・神社・仏閣・国際フォーラム・コンサートホール・飲食店

    様々な場所で笙・篳篥・龍笛を演奏しました。

    自分で立ち上げた雅楽団体での自主公演も開催し、

    地元大阪南部での雅楽の演奏会も立ち上げることができました。

    ただ、途中で気づいたこともありました。 

    「自分自身はなんでバイトをしているのだろう??」 

    「バイトをしている意義ってなんなんだろう??」

    それを考えたときに思い当たったのは一つでした。

    「生活の安定」

    これに限りました。

    とはいえ、このままだと演奏活動とバイト、

    ずーっと続ける毎日をすることになる。

    「バイト=時間をお金にする」

    この働き方では自分はいつまでたっても抜け出せない。

    この時間を演奏やお稽古・練習にできればバイトなんてしなくても

    よくなるんじゃないか??
     
    ここで覚悟を決めるしかない。

    そう思い、2020年3月に時給で働くということを辞め、

    仕事は雅楽一本だけの生活へ志します。

    バイト辞めた瞬間、仕事がほぼ0になった「コロナ騒動」

    その後バイトを辞めることになりますが、ここで大きな壁にぶち当たります・・・

    2020年4月 そう! 

    新型コロナウィルスによる緊急事態宣言・・・

     ご承知の通り、それのおかげでどうなったか??おわかりですね。

     何も仕事がなくなってしまいました・・・笑 

    もちろん、もうバイト辞める手前で気づいてはいたのですが

    もう1月末に辞めるといったからには後にはひけない・・・

    周りは止めてはくれていたんですが、自分がそれを許しませんでした。 

    どうしたものか??考えたときに始めたのが

    YouTubeでした。

    1月から始めていたものの、

    最初は雅楽の練習の基本となる唱歌と独奏を中心に発信しました。 

    その後4月からは有り余る時間をフルに使って

    初心者向けに無料レッスンをだすわ、

    テレワーク合奏の動画作ってみるわ

     雅楽に関しての発信をしたり、一人で三管演奏してみたり、 

    気が付けば計200本以上はこの時期に出していました。笑

    編集も自分でやれば、撮影も自分でやる。

    そんなステイホームを延々と続け、

    緊急事態宣言解除を待ちました。

    この時の月収は3万円。 

    演奏はもちろん皆無で、すべてお稽古でした。

    むしろこの時期にお稽古を入れてくださった方がいたことが奇跡でした。

    本当に今でも感謝しているほどです。

    最悪、貯金がつきるまではやり切ろうと考えていました。

    もし貯金がつきれば、その時はバイトでもなんでもやってやる!

    今でもその覚悟をもって活動を続けています。

     そうこうして、宣言が解除されていく中で、

    YouTubeからのお稽古のお問合せが少しずつ増えていきます。

    不思議なことに、大阪の南部、最寄り駅から歩いたら

    40分くらいかかるこのお稽古場に、

    少しずつ通う人が増えてくることになります。

     コロナ以降、オンラインレッスンも導入をしましたが、

    最近では日本国内のみならず、

    香港やアメリカの方など、様々な方が習うようになってきました。

    習われている方は様々で 

    教師・音楽家・心理カウンセラー・専業主婦・茶人・神職・僧侶・ホテル勤務・サービス業・出版業・会社員・クリエイター・ブロガー・YouTuber・事務・医療従事者・セラピスト・占い師・大学生・中学生・小学生などなど

    様々な老若男女の方々、どんな方でもお教えさせていただいています。

    生徒さんが出演する機会も構築

    毎年10月末には、この個人で教えている生徒さん方たちも出演していただく

    演奏会も開催させていただいております。

    その生徒さんのレベルに即した演目、課題曲を選曲し、毎年開催させていただく予定となっております。
     
    今年(2021年)も10月30日に開催する予定で現在、出演される皆様は練習に励まれております。

    若手新団体「陽雅会」始動!

    そして2021年より新団体を設立させていただきました。「陽雅会」です。

    元々、自分自身で会をもっていましたがそれもある種、宗教であったり

    そういった界隈の中でやっていたものでしたが

    この「陽雅会」は宗教や団体などのみならず、

    若い世代で「陽気な雅楽をする」、そのようなシンプルな目標で

    活動をさせていただく団体を設立させていただいております。

    今年の3月・9月に演奏会を無事2回開催し、

    今後は日本全国・世界を展開する雅楽団体へと展開していくことを目指しています。

    メンバーは僕が知っている演奏技術・そして人間性がともなった男女で構成し、

    後々は生徒さん達もメンバーへと入れていく、そのような会を目指しています。 

    メンバーは私山口が選出。もし一緒に新しい雅楽を作りたい!と志す方、

    ご連絡いただいて合奏なり、お稽古なり共にさせていただきましょう。

    「コロナショック」を経て雅楽を自らの天命に

    現在はお稽古と演奏活動、そしてこういった発信などをしていっておりますが、

    僕の人生においての目標は「雅楽って面白い!楽しい!を伝える」です。

    正直に言えば、「雅楽を仕事にする」は、

    他のビジネスをやるよりお金稼ぎには全く向いていません。笑

    というより、僕の世代で、世代でなくても、

    これを仕事にしている人を関西では未だに

    聞いたことがないくらいです。

    関東でも数人しかいないでしょう。

    雅楽って正直、世間上からすればお堅い音楽であったり、

    女性ができるすきがないであったり、

    お家柄とか上下関係が厳しいとか、

    そういったイメージが残っていますが

    そんなことは断じてありません!

    僕が主宰している陽雅会にしても、

    指導させていただいている方や団体にしても、

    そのような空気感というものは全くありません。

    むしろ楽しそうに向上心をもって

    雅楽をされている方がほとんどです。
    (詳しくは下記リンクのレビューをごらんください)

    それに、誰でもできて、

    誰もがこれをやる側でも、聞く側でも

    面白く、楽しく、そして心を動かされるほどの感動や喜びを

    味わうことができる。そのような音楽だと本気で思っています。

    そのような演奏やお稽古・楽器体験を作っていくうえでも

    自分自身の雅楽にのみならず、

    本を読むなど勉強したり、

    毎日毎日、研鑽に励む日常を過ごさせていただいております。

    僕自身、雅楽の世界をわかっていくうえで、

    大きな違和感がありました。

    ・何で学校の部活で雅楽を習う子達がいたり、小中学校で雅楽をやる環境がある子がいるのに、続ける子が少ないのだろうか??

    ・大学の部活動や団体で雅楽をやっていくのには、ある種息苦しさ的なものがあるのはなぜなのか??

    ・同じ雅楽をやっている人たちは多くいるのに、どうしていがみあったり、人間関係とかが絶望的なところが多いのだろうか??

    ・神様に奉仕する素晴らしい音楽なのに、
    やっている人たちの顔や音にハリがないのは何故か??

    ・雅楽を仕事にしている人が何故全くいないのか??

    ・実力ではなく、年功序列のようなシステムが踏襲され、
    団体の少子高齢化が進んでいるのに変えようとできないのは何故か??

    はっきり言えば、上記の問題も踏まえてですが、

    雅楽という音楽は今や絶滅危惧種です。

    向こう20年もすればほとんどの団体がかなり縮小されるどころか、

    消滅してしまうところが多くあるでしょう。

    残っていても平均年齢70歳といった

    超ご長寿団体ばかりになるでしょう。

    いや、もうすでになっているところもあるかもしれません。

    しかし、だからこそ僕はこれを仕事に、天命にしようと思いました。

    「志をもったメンバーで新しい雅楽を作っていく。」

    ただただ立場をもっているとか、権力があるとか、

    そういうメンバーではなく、

     本気で雅楽という音楽を通して、

     見てくださる人にいい演奏、感動を味わってもらいたい。

     雅楽の面白さ・楽しさを伝えたい。

     日本らしさというものを全力で伝えたい。

    このブログを見ている方はそこまでもたなくても構いません。

     雅楽をとおして、人生を豊かになってもらいたい。

    趣味でもいい、楽しみでもいい、自分自身の教養としてもいい、

    古の音楽を感じて何か人生を好転させる一つになったらでいい。

    そういった、お稽古や体験や演奏を通して、

    皆さんが豊かになるきっかけを

    僕自身が作るお手伝いをさせていただけたらと 

    思います。 

    Webなどでお稽古・体験・演奏、承らせていただいております。

    また、YouTubeも現在更新しております。中級者以上の方でも、

    メンバーシップ制度、月額2990円で龍笛の6調子を習熟することが可能です。

    僕は志のある、雅楽を共に楽しく、面白く、そして共に創造する雅楽を

    あなたと作れたらとおもいます。

    本日はここまで!

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