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2021.09.18ブログ

上手い演奏はありふれている〜それ以上の何かを掴む為の方法〜



「雅楽って面白い!楽しい!を伝える」

こんにちは。雅楽演奏家・講師をさせていただいております、山口創一郎です。

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突然ですが、皆さんは楽器をやっていたりして、

「上手いね」

と言われたりするのは嬉しいでしょうか??

実はこの質問に対して僕はどう思うかというと、

あんまり嬉しくありません。

むしろ僕は言われたりすることがあるものの、

実はこれを言われて心から嬉しいとは思えなかったりするんです。

学生の頃に先輩方とかに言われたらもちろん嬉しかったですが、

言われるのが当たり前になったからとかそういう理由ではありません。

普通に考えたら嬉しいことなのかもしれないですし、

「お前調子に乗るなよ」

て言われるようなことをいっているのかもしれませんが、

僕自身は自慢したくもないし、

むしろ上の世代の方に「上手いね」と言われると

屈辱と思えるほど感じるようになってきているこの頃です。

それでも言われても嬉しいとは思えないのは何故か??

理由は一つです。

「世の中、上手いと呼ばれる人らでありふれているからです。」

ただ「上手い」だけ止まりの演奏しかできていないんだなって

落ち込みたくなったり、悔しさを感じることもあります。

現在流行っている漫画「東京卍リベンジャーズ」の登場人物の

龍宮寺ケン(ドラケン)もケンカについて主人公にこう語っています。

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「ケンカ強え奴なんていくらでもいんよ。でもな、譲れねえもんのためなら、
どんな奴にでも楯突ける、お前みたいなやつはそういねえ。」



これは例えがケンカではあるものの、

雅楽においても、西洋の音楽においても、

上手いと呼ばれる人たちって、

正直本当に多くなってきたなと思うんですね。

よく年輩の先輩方もよく言われることですが、

「最近の子は自分らが若い頃よりも全然上手い」

そういうことを言われることも多くなりましたし、

下の世代を見ても、

僕は自分らがその年だった頃よりもレベルが高い奏者

と言うのは五万といるほどです。

小学生ですら、とんでもない技術を持っている子だっているほどです。

もちろん上手くなれるということはめちゃめちゃすごいことです。

そこは侮辱しているわけではないので、

勘違いして欲しくないところなんですが、

とはいえ「上手い」って人の指標であって、その演奏ができたからといって

それが自分自身の演奏に対してファンになってくれるかとかは別の話ですし、

上手い=誰かの型に合った演奏ができている

状態であるに過ぎなかったりします。

今後はAI(人工知能)が発展してきて、

シンギュラリティ(技術的特異点)が構築されていくと、

この世間的に「ただただ上手い」と呼ばれる演奏というのは、

AIにとって変わられてしまう、

そのような状況にも陥ることも考えられるでしょう。

その中で、奏者であったり講師である以上、どうすればいいのか??

それが

「上手い」を超越した演奏の追求

になっていくと感じています。

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僕が今年に入ってから雅楽の講師として携わっているとある会社では、

神社参拝セミナーというものをその時期や時勢に見合った神社を参拝し、

ついでにその近くの会場でセミナーを

開催するというイベントを企画され、

そのセミナーの中で雅楽の演奏をさせていただきます。

現在は10月上旬に大分県にある神社参拝でのセミナーに向けて、

現在メンバーとともに練習に励んでいます。

そこでは、自分達で雅楽の演奏をして、自分達で演劇をする。

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通常のセミナーって基本的に講師がいて、

テーマに沿った話をその講師がずっと延々と

話していくスタンスというのが多いのですが、

ここで開催される神社参拝セミナーでは、

歴史や祀られている神様についてのお話に限らず、

合間に劇を入れたり、

神社の祭典を再現しての祝詞(のりと)が奉納されたり、

そして雅楽の演奏を前回より導入して開催していますが、

プロらしい演奏をすることではなく、

言葉にできない空間を作り出し、

目に見えない世界を具現化していく。

それを音に表現したり、演技で表現したりする。

一つ一つの音を自分達の思いなどをのせて、

技術以上の演奏や演技を参加される皆様に提供をする。

僕自身は雅楽をするなかでも

大きく意識していることが一つあって、

演奏技術やみんなで演奏を合わせることよりも

「それ以上の何か」

というものを意識して演奏会を作ることが多くあります。

先日大阪の天王寺で開催した「How To 雅楽2nd〜陽雅会第二回大阪公演〜」でも

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雅楽だけではなく、解説をがっつり取り入れたり、論語を題材に

論語から見る雅楽のあり方、雅楽をやる上での道徳を重んじる重要性などを

演者・参加者にわかってもらえる演奏会というものを構築させていただきました。

もちろん所作であったり、

決められた演奏方式というものを守るにしても

音程やリズムを作っていくことも大事なんですが、

感動する演奏会やイベントというものには、それ以上にある

演者一人ひとりの志であったり

その一つの演奏会やイベントに対しての思いであったり

伝えたいもの練習量や、参加する側の気持ち心持ちなど、

そういったたくさんの要因によって

無限大の「シナジー」が生み出されます。

今回のセミナーで演奏するメンバーは

僕以外は今年2月から雅楽を始めたメンバー。

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技術的にはプロでやっている人たちや、

雅楽を何十年も習熟されている先輩方には

死ぬ気で練習をしたとしても、長くやっている方達には及ばないでしょう。

しかし、僕はここのメンバーと半年間

携わらせていただいて大きく感じているのは、

「それ以上の何か」

それこそ、先程の東京卍リベンジャーズの

龍宮寺ケンの言葉にある

「譲れねえもの」というものが入ってきます。

自分たちが大切にしている考え方・志

誰かのために思う心だってその一つになります。

「譲れねえもの」というものを本気でこのセミナーでぶつけていくからこそ、

技術はプロや芸大や部活動でやっていた奏者より無かろうが、

見てくださる皆さんには技術以上のとてつもない感動

作り出すことができる可能性というものを

練習中にも感じさせていただきます。

先日、1日かけてのリハを共に参加をさせていただきましたが、

それだけ譲れないものがあるほどの思いを雅楽演奏するメンバーだけでなく、

セミナーに関わるスタッフ一人ひとりに大きな思い・志というものを今回、

指導する側としても、出演する側としても大きく感じて

セミナー当日に向かっています。

運営をしているメンバーは

「このセミナーで死のう」

それくらいの覚悟を持って作られている。

それをリハーサルに参加する中でも、

ミーティングに参加させていただく過程でもヒシヒシと感じます。

講演・演劇・祝詞・演奏以外の舞台裏でも

オンライン配信用の機材・記録の方々・参加者・スタッフの

当日の食事をどうするかであったり、

全体の流れを把握している方・衣装の管理をされている方など

それぞれ役割が違う中で、

自分自身の役割を本気で志を持って全うするセミナー。

ここまで覚悟を持って本気でやった経験、あったのだろうか??

恐らく学生時代のとあるサークル・ボランティア活動を思い出しましたが、

それ以来なくらい、懐かしい空気感をまじまじと感じながら

現在お稽古をつけたり、共に演奏をさせていただけます。

メンバーは現在も通常のお仕事もある中で、

本気で死ぬ気でこの本番に向けて練習を進めています。

僕自身も、前回は講師だけでしたが今回は演者としても

携わらせていただくからこそ、

このセミナーのことについては誠心誠意、

別のお稽古や時間外の時間を使って本気で心を作り

携わらせていただく決心で自分

自身の心作り・そして練習に励んでいます。

こういった一つの演奏やイベントにかける思い、

自分自身もそういうことを大きく学びながら、

今後も活動を展開できたらと思い、

今、自分自身の人生のターニングポイントに直面している、

そのような環境の下、毎日を過ごしております。

今日はそんな、可能性を秘めた記事を書かせていただきました。

果たして当日どうなるのか??

今後、自分自身がどういう方向にいくのか??

それ以上の何かを求めて。

本日はここまで!

10月30日 大阪狭山市で演奏会開催!

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