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2021.04.06ブログ

雅楽をやる人の2つのタイプとこれからの時代に必要なタイプは??



雅楽って面白い!楽しい!を伝える

こんにちは。雅楽演奏家・講師をしています、山口創一郎です。

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雅楽をやる人で二つのタイプの人が多い理由とは??

最近ですが、雅楽をやる人って、2つのタイプにに分かれるなと思いまして、

それはどんな人かといえば

世の中には

「雅楽をやりたくてしょうがない人」がいるなかで

そんな人が雅楽ができる場所というものがなかったりしたりするんですね。

特にコロナ禍においては、演奏機会やお稽古、

練習会をすることだってやりづらくなったりしていますね。

その反面、世の中には

「雅楽はしたくないけど、しゃあなしでやっている人」

という人も、実はかなりの多い人数で多かったりします。

僕は4、5年前までは前者だったわけで、
今はこの二つ両方を解決していきたい立ち位置にいる人間だったりもします。

今日はそんな、雅楽をする人がなぜこの二つのタイプの人が多いのか??

そしてこれからの時代はこうなっていくであろう。
僕自身の目標も含めて、記事にしていこうと思います。

1、「やりたくてしょうがない」タイプ


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まず初めに、やりたくてしょうがない人が多い理由について、

これはいうまでもないでしょう。

「好き」だからです!笑

そうじゃなかったら習ったり演奏したりしませんよね??

僕もこっち側の人間だったりします。

しかし、これまでの時代はこういう人が雅楽をやるのは難しい時代でした。

何故なら、

「雅楽をやりたくてもする場所がない」

人が多かったからです。

ここから解説をしていこうと思います。

「なんでやりたくてしょうがないのにやる場所がないのですか??」

と疑問を抱く方も多いでしょう。

これは僕の中では、このジレンマに陥る人が最も多いところというのが

「学校の部活動」

でやっていた人が多数を占めています。

それ以外にもよくありがちなのは、

「お仕事の関係などで引っ越しをせざる終えなくなった」
「家の事情で地元にもどらないといけない」


なんて方も多かったりします。

特にこれまでで1番やりたくてしょうがないけどやる

場所がない人で多いのは間違いなく

「学校の部活動」でやっていた人たちです。

何故そのようなジレンマに陥りやすいのか??

これは音楽大学や芸術大学に出ている人もおそらく

近しいものがあったりします。

まあ端的に言えば、

「卒業後の進路がない」

ということです。

僕は天理高校・天理大学の部活動などを通して雅楽をやってきましたが、

こういう宗教系の学校というのは、大方宗教施設、

すなわち神社やお寺・教会などの祭儀での雅楽を使用することで習得する為に、

部活動の一環として雅楽が取り入れられているわけです。

しかしこの現代では、そもそも義務としての祭儀での雅楽を

使用しない宗教施設も多かったりもしますし、

(そもそも関心がない宗教者も多いです)

そもそも、3年間や4年間でプロ級に上手になる向上心がある子たちが

存在する中でも、実際その中で雅楽を仕事にしていく人は愚か、

月に数回演奏・楽器を触る機会を持つことができるかどうか

難しいのが現状だったりもします。

スポーツの世界などでは、

卒業後はプロ野球であったり社会人リーグというものが存在しますが、

音楽の世界にそういうものはあまりないことが現状に大きかったりします。

特に雅楽というマイナー音楽になってくると尚更ですね。

加えて、雅楽の世界は非常に複雑です。

雅楽に流派というものは存在しませんが、

現段階でもやはり各団体内での派閥というものは見えない中で

根強く残っていたりも少なからずはあります。

平たくいえば、各団体というのはいまだに「郷があれば郷に従え」

という非常に閉塞的な側面というものが存在します。

そんな状況で卒業後、民間の団体でやるという状況を作ろうとしても、

この「郷」に従ってやっていくというのは僕を含めた

若い世代からすれば非常に古すぎる慣習ですし、

未だにどこもかしこも時代と逆行している「年功序列」が根強くあり、

仮に有望な若い世代の奏者が現れたとしても、芽を潰すことになるでしょう。

+、閉塞的な団体運営をする中ですので

雅楽をやる環境を学校側が紹介するということも難しいでしょう。

その結果、「雅楽をやりたくてもやる場所がない人」

俗にいう「雅楽難民」と呼ばれる人を量産する結果につながり、

最終的には雅楽を辞めてしまう若い世代も少なからず多かったりするわけです。

これは大学の部活動に限らず、

藝大なんかでも共通してある問題なんだとか・・・

そしてこれが1番の大きな要因にもなるんですが

それは学校で部活動の顧問をしている方とか教える方というのが、

教師であったり専門家であるということです。

教師や専門家であることが悪いというわけではありません。

雅楽を続けていく上で、たとえば仕事の取り方やマーケティングなどの

ビジネス感覚たるものやマネーリテラシー(お金の教養)を

学生時代に掴むことができれば、

別に団体に頼らずに自分らで雅楽団体や法人を立ち上げて、

仕事としても運営してでもやっていくことは可能でしょう。

しかし、今の学校教育ではそういうことは基本的には

ほとんど教えてくれることはありません。

というより、教えている先生や専門家と称される人が

こういうことは専門外だからです。

これは社会に出ても同じでしょう。

要は「従業員」「専門家」になる方法しかこれまでの学校教育というものは

教えてきておらず、肝心な「経営者」「個人事業主」、そして「投資家」

という分野については自分及び学校外でしか学んでいくしか方法がないのが

現状だったりもするんですね。

そして、これは学校の部活動だけの問題ではなく、社会としても大きいでしょう。

このネット社会と言われている中で、雅楽を教える人というのが

ネット上で圧倒的に少ないことがダントツで挙げられます。

私は個人で大阪南部の方でマンツーマンの教室や、

出張レッスンなどをさせていただいておりますが、


SNSなどで発信をしているところというのは

現状非常に少ないことは今に始まった問題ではないような気がします。

特に地方に行くほど、習うところがないというのは大きな問題になります。

最近はオンラインレッスンなども導入したことから、

九州や北海道、中には海外で香港の方など教えることは私自身も多くなりましたが、

直接習うや合奏をするという面では、まだまだ課題が大きかったりするのが現状だったりもします。

2、「雅楽をしゃあなしでやっている人」が多い理由


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じゃあ次は反対のタイプの人です。

「雅楽をしゃあなしでやっている人」

ここについて話していきます。

というのも、このタイプの人、僕が知っている限りでも驚くほど

多いんです。

「やりたくないのになんで??」

って思う方も中にはいるでしょう。

それには1番は日本的な風習・慣習というところが大きく挙げられるでしょう。

まず一つに日本特有の「家」制度

宮内庁式部職楽部をはじめ、未だに雅楽というのは減ったとは家という単位で

伝承を続けているところが多かったりします。

俳優である東儀秀樹さんも宮内庁の楽家であることから

雅楽を始められていますし、

これは宮内庁に限らず、雅楽と密接に関係する

宗教もそのような傾向が強いでしょう。

特に大きな宗教団体ほど、現在も世襲制、家で後継者を決めるところも多く

現在も家で雅楽を継承しているところだって多かったりします。

というのも、山口が雅楽を始めたのも、家が宗教家で祭儀に使うから始めたのが

元々雅楽を始めたきっかけでした。

だからといって、私は断じて宗教の布教しませんが。笑

別に宗教者全員がやる必要はないのですが、

昨今は少子高齢化も含め演奏者の人材が少なくなり、

人数の確保などもうまいこといっていなかったりするわけですが、

そうなってくると少なからず出てくるもの、

それは「義務」というものになっていくんですね。

実際、僕は天理高校を在学をしている時にしても、

卒業後指導する立場になってからも同じなのは、

高校の部活動でもこの宗教の祭儀に使うという側面から親に言われて

部活動に入る子が毎年絶対にいるんです。

もちろん卒業したら続けるどころか、辞めてしまう子の方が全然多いでしょう。

特に宮内庁にしても宗教は縦社会が強かったりもします。

目上の人を敬うにしても、

親の言うことに対しても言うことを聞くことが
風習とされてきた環境であることから、

どうしても自分が好きでやると言うことができない人も、

中には多くなってしまうこともあります。

義務でやっていく中で向上心が失われ、言われたことしか

やらない世の中のサラリーマンのような

奏者というのも多くなってしまうわけですね。

逆にこういう人らは、雅楽をやる理由というのが2パターンになりがちです。

「神様の為にする」「組織の為にする」
これならまだしも良かったりしますが

「お金の為にする」
もちろんやる上では重要なことでしょう。

特に冠婚葬祭などの演奏になると、謝礼の相場が極めて高かったりします。
しかし、これだけの為にとなると、

ただ単にやるだけですので、

目的意識というものがどうしても持ちづらくなりがちです。

その結果が、宗教施設での雅楽はズサンな演奏になりがちです。











少なくともいい雅楽をしていくという方向にはなりづらく、

僕としても雅楽って面白い!楽しい!を伝えていくことはできず、

時代的にも今後こういう気持ちでやっている方々というのは

縮小傾向になっていくでしょう。

はい、要は「オワコン化」してしまいます。

3、これからの時代は「やりたくてしょうがない」好奇心な人が制する時代に到来


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そして現代、特に2020年12月22日から巷では、

『土』の時代から『風』の時代と呼ばれるようになってきました。

土の時代というのは資本主義であったり、

権威というものがものをいう時代でした。

そのような時代であれば、

自分のいるポジションも資本を持っている「団体」などの方がこれまで

存在感が強かったのも頷けます。

が、この風の時代というものは、「目に見えない力」、そういうものが強くなってきます。

ある意味、これが好奇心というものがキーポイントになってくるのではないか??

僕はそう考えているんですね。

雅楽においてもこれについては同じことが窺えるでしょう。

この風の時代に突入する前兆としてあったのは、

2020年に起こった新型コロナウィルス(COVIT19)による

自粛などが挙げられます。

目に見えないウィルスという存在でここまで世間を脅かしたのは、

この風の時代に突入する前兆と言っても過言ではないでしょう。

その中で、違和感を感じるものというものが

大きい組織・資本があるところほどに根付いてきています。

練習ではソーシャルディスタンスという、ある一定の距離を空けての練習。

演奏ギリギリまでマスク着用を義務付けられること。

大人数で集まっての練習をすることが根本的にできなくなり、

その中での大人数での宴会などの規制。
(今は飲食店の時短制限や蔓延防止措置というものまでありますね)

もはやこのような出来事からしても、社会全体が何かおかしい、

違和感を感じさせる「同調圧力」があるものになってきました。

そんな時代の中、「目に見えないもの」の存在というのはこれからも重要になってくるでしょう。

その中の「雅楽」だってその一つでしょう。

舞などは目に見えるものですが、楽器の演奏やお稽古をすることはは紛れもなく「目に見えない」体験の一つになっていきます。

こういう時代だからこそ、目に見えない「好奇心」が重宝される時代になってきます。

何か目に見えてしまう謎の義務的な組織・団体というものが駆逐されていく

時代へと到来していると僕は感じさせていただきます。

要は、これまで雅楽難民になってしまうような
「雅楽をやりたくてしょうがない人たち」が多いに活躍できる時代へと

現在変革していくだろうと思うわけです。

ただし、これは僕のあくまで予想の範疇ですので、当たるかどうかは別です。笑

こういう時代だからこそ、この日本の伝統音楽の雅楽の楽しさ・面白さ、こういうもの伝えていける1人でありたいとつくづく感じております。

そんな時代の1発目に、先日陽雅会の初の演奏会を開催できたことは、
これからの時代にになっていく雅楽奏者の育成はもちろんのこと、

お客さんに「体験」という形でお届けできた一つだと思うんですね。

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そんな陽雅会にしても、雅楽以外のことも、

この目にみえないことを大切にしていく。

僕自身も意識して、今後も好奇心をもって「雅楽って面白い!楽しい!」

を伝える毎日を過ごせたらと思う次第です。

本日はここまで!

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