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2020.08.04ブログ

あなたは誰のために雅楽をやっていますか?



こんにちは。山口です。


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今日は超スパルタ!こういうことをいうとまた嫌われる!

だけどやっぱりみなさんによりよい雅楽をしてもらいたいからこそ

このYouTubeちゃんねるで問わせて頂きます。

あなたは誰のために雅楽をやっていますか?

質問ですよー!

といってもみなさん答えても

僕には伝わらないと思いますが・・・ははは

そんな中で、大抵かえってきそうな答としては

自分の為

人のため

神社・教会のため

○○の為

宮内庁の先生とかなら国のため!

まあいないだろうけど恋人の為!と思っている人も

もしかしたらいるかもしれませんね。

とかまあこんな感じで思っている方いるかと思います。

もちろん素晴らしいことです。

しかし、ここで山口はかなりスパルタに行きたいと思います。

「今後雅楽をやっていくのであれば、

自分の為以外でやっている人は雅楽止めた方が良い」

What!?と思う方もいるでしょう。

今日はそんな極端な誰のために雅楽をしているのかを

問いかける、考える時間を話していきたいと思います。

1, なんのために雅楽をしているのか?


じゃあまずなんのために雅楽をしているのか?

これを考えていきましょう。

恐らくみなさんにも、

雅楽をやるきっかけというものは人によってそれぞれですよね。

○東儀秀樹さんに憧れた

○教会・神社で必要だから

○親から言われた

○部活でおもしろそうだと思って

○趣味でやろうと思った

○しゃあなしでやっている

このような感じで、いろんな理由で雅楽を始めるきっかけにも

なったかと思います。

かくいう山口も、始めた理由は実家が天理教の教会で、

僕の家は5人兄弟なんですが、

祭典で兄弟全員により演奏できたらとそういう理由で始めたのが

きっかけになっていくわけですね。

いろんな理由で雅楽をされている方、いるかと思います。

その中でもう一つ、問いたいのですが、

「あなたは、雅楽がスキですか?」

この質問をされたらみなさんどうでしょう?

多分この動画見ている人は意識高い人は多かったりするので

多分「俺は好きだ!」といってくださる声、

これは結構聞こえてきます。

僕のところにも聞こえてきますが、

そうじゃない人も中にはおられるのではないでしょうか?

じゃあなんでスキじゃないのにやっているのか?

これにも理由があるわけですよね?

山口は先ほども言いましたが実家が天理教の教会だったため、

祭典で雅楽を演奏する姿を小さい頃から見たり

講習会を受講する中で一つ大きな歪みを感じていたのですが

「別に好きではやっていない。」

こういう気持ちで雅楽をされている方、多く居られるかと思います。

多分趣味で雅楽を始められた人からすれば理解できていないことかと思いますが、

雅楽というのは日本の伝統音楽でもあり、宗教音楽でもあるわけですね。

日本の二大宗教である神道仏教、そして神道から一派独立をした天理教

国内ではこの大体3つの宗教の祭典・法要などで演奏されたのがこの雅楽であるわけです。

宮内庁に式部職楽部が設置されているのも、

当時明治時代というのが、

日本という国全体が「国家神道」を信仰する風潮があったことから、

宮内庁の中に雅楽のプロ集団を設置したという流れがありました。

そしてこの宮内庁や宗教者の共通して言えるところは

「楽家制」、いわゆる「世襲制」であったり

平たく言えば、家の為・国の為、神様・仏様の為に雅楽を演奏する風習というものが

現在も根付いていることから、雅楽を続けている人も多かったりするわけです

2, 結局その活動は誰のためなのか?


ではそんな中で山口がといていきたいのは

「結局、その雅楽は誰のためにやっているのですか?」

ここをといていきたいと思います。

これも歴史を遡っていくと非常に明確になっていくのですが、

今の雅楽もそうですが、

宗教というのはこの時代に形が大きく変わっていきました。

雅楽はわが国の古典音楽、最初は聖徳太子の時代あたり、

要は仏教と同じタイミングあたりで

楽器が伝来したものと推察できるわけですね。

その中で、神仏習合が行われて、神道と仏教が混同していき、

平安時代に現在の形の「雅楽」になり、盛んになったと言われています。

紫式部の「源氏物語」の中では光源氏が舞楽「青海波」を舞ったという諸説が

有名だったり、源氏物語の作中の中では様々な楽曲の名前が残ったりしており、

清少納言「枕草子」の中には、楽器の音の特徴などを記した

内容も残っています。

この頃というのは貴族の【娯楽】として使われていた

傾向が強かったわけですね。

要は自分らの「楽しみ」「饗宴」によって楽しんでいた

ことが伺うことができるわけです。

もちろん、仏教の法要でも使われており、

浄土真宗の経典の中にも関連している語がでてくるくらい、

密接にあったわけですが、

この頃はどちらかというと

極楽浄土の世界をつくる上でいい雅楽を作る「自主性」が強かったと

見受けることができます。

そんな中室町時代の応仁の乱で廃絶した曲も多かったのですが、

織田信長などにより復興に励み、

江戸時代は三方楽所(四天王寺・南都・京都)で

伝承をし、明治になる頃に国家の音楽として宮内庁が

作られたという流れなわけです。

要はここからは「国家」で雅楽を収めることになっていくわけです。

そして今日まで雅楽を僕等はやっているわけですが、

「国の為」「神様の為」「人のため」、こういう承認欲求

もっている状態で

雅楽をする人等というのが

かなり増えてきたわけです。

ただし、そういう人というのはどうでしょう?

心の中ではどう思っていますか?

恐らく「雅楽を好きで、楽しくできていない」

こういう人が多いかと思います。

部活動で雅楽をやっている人からすればそれ以上に「雅楽をやるのが辛い」

こう思ってやめたくてもやめられないと思ってやっている人も

もしかしたら多いのかも知れませんね。

やはり僕として思うのは、自分が楽しいであったり幸福感であったり、

やることで人生がイキイキしている状態を作れない音楽をしている場合

そのような形で雅楽ができないのであれば、さっさとやめた方がいい。

そう思うことが多いんですよね。

もちろん自分が信じている家の為・神様の為、国の為、団体の為に

やることが

悪いと言うつもりは毛頭ありませんが、

自分らがいい演奏、心地よい気持ちで

演奏ができないのであれば、

それは誰のためにもならなくなってしまう、

要はlose―loseな関係になりかねないところも起こってくるわけです。

これは時代が作ってきたものでもあるのでなんとも

言えないところも多くありますが、

正直、その状態で雅楽をやるのであれば、個人的には続けることを

オススメはできません。

何のためにやっているかが見えなくなってしまう要因に

陥ってしまうからですね。

3, 自分を為に基準をすることでよくなる理由


さあ、というわけで、結構ここまでは人のためや団体や神様という、

承認欲求をもってやることは身を破滅させる

そんな話しをしていきましたが

自分を基準にしていけばどうなるのか?

この辺も話していきたいと思うわけです。

結論から言うと

「そういう人はイキイキしています。」

なんか日本の風習なのかわかりませんが「イキイキすることが悪」とかいう

考えの方もいたりしますが

「それは逆!」 

自分がイキイキするから回りがイキイキしていくんですよ!

雅楽だってそうです!義務でつまんない顔して雅楽をやっている団体と、

めっちゃ楽しそうに雅楽をやっている団体があればどっちがいきたいか?

間違いなく、「めっちゃ楽しそうに雅楽をやっている」

ところに行きたいですよね?

自分の為に雅楽をする。これが一番の最終的な答えかと思います。

今団体や教会・学校の部活・個人などさまざまなところで

雅楽を習っておられる人

多いかと思います。

団体とか見ててもそうですが、人が集まって続けている団体というのは、

決まって、しんどいことがあれど、どういう状況であれど、

「楽しそうにしている」ところにこそ人が集まってくる。

そういう仕組みになっているんですね。

逆にカツカツでしんどい状況でしんどい顔で雅楽を

やっているところとかは、

やはり「つまんない顔して雅楽をしていたりします。」

死にそうな顔して、やっているところもあったりしますね。

それじゃもったいないですよね。

それが自分の中で団体では無理だったり、雅楽を好きになれないなら

さっさとやめて独立をしてやるか、別のやりたいことにコミットする。

この時間を過ごす方が確実に自分の糧になるかと思います。

「やめたら雅楽をやる場所がなくなる」

とか思う人もいるかと思いますがそこは問題ないでしょう。

今はネットを使えばどこでできるかも情報ありますし、

現に僕がYouTubeあげてたりしてますし、


オンラインで練習もできる時代になってきています。

オンラインレッスンも承りますよ!笑


なんとでもなるのが現状だったりします。

かくいう山口も2018年に天理から離れ、

大阪に帰ってきて一時雅楽難民になりましたが

今は天理にいた頃よりも雅楽にコミットできる時間が倍増しました。

仕事をしながら団体でやっていたときは

両方のストレスをダブルパンチで食らい、

仕事と雅楽以外の時間でかなり消耗をしていましたが、

今はフリーでやっている分

雅楽だけではなく

こんなYouTubeをやったりブログ書いたり色んなことしていますが、

正直ちょー楽しい! 

要は、自分がいかに雅楽をして楽しむ・没頭・イキイキすることによって、

演奏や奉納・お稽古をしていくことによって

神様にも喜んでいただけるし、回りの人に雅楽ってすげーおもしろい!

って広める糧にしていくことがこれからは重要になってくるわけです。

自分自身の雅楽を通して、人生を明るく、関わっている周りの人にも影響を

与えることができる人生を作っていくことが

本当によかったりするわけですね。

だからこそ、義務や人のためにやること

これを考えるのをやめましょうと

言いたいわけです。

逆説的なことをいえば

「人のためにやるということは実は自分の為にしかならなければ誰のためにもならなかったりする。」


「自分の為にやっていってたらそれがいつの間にか「人のため」になる。」


そうやって物事を進めて行くことも重要だよと言うことを

今日はおはなしさせて頂きました。

1, なんの為に雅楽をしているのか?
2, 結局その活動は誰のためになるのか?
3, 自分を基準におくことでよくなっていく理由


という感じで、こういうちょっと雅楽と関係あるようで関係ない心理的な
お話もこのちゃんねるではしていきたいと思います。

それでは本日はここまで! ご静聴ありがとうございました。

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